セキュリティトークン(ST)は、有価証券をブロックチェーン上で発行・管理する仕組みである。国内では2020年の制度整備以来、不動産や社債を裏付けとしたSTが積み上がってきた。ただし、証券が即座に動く一方で、その代金は銀行振込で払われてきた。

2026年に入り、この資金側をトークン化する実証が相次いでいる。証券だけが先にオンチェーンへ移り、資金が後に残されていた状態が、ようやく動き始めた。

国内ST市場の5年

2020年5月、令和元年改正に伴う政令・内閣府令が施行され、ブロックチェーン等で移転する一定の権利が「電子記録移転有価証券表示権利等」として金融商品取引法の枠組みに整理された。1 翌2021年4月には、SBI証券が一般投資家向けでは国内初となる公募STOを実施している。発行額1億円の社債だった。2

その後、市場を牽引したのは不動産STである。野村ホールディングスと野村総合研究所が出資するST基盤事業者BOOSTRYの集計では、2025年度の公募ST発行額は単年度で約1,650億円、累計で約3,333億円、累計82本。累計額は前年度の約1,684億円から1年で約2倍になった。年度発行額の約85%にあたる約1,408億円が、不動産を裏付けとする信託型のSTである。3

指標金額・件数基準
2025年度の公募ST発行額約1,650億円BOOSTRY調べ
公募ST累計発行額約3,333億円2026年3月末、BOOSTRY調べ
公募ST累計本数82本2026年3月末、BOOSTRY調べ
ST二次流通市場STARTの時価総額約336億円・8トークン2026年3月末、BOOSTRY調べ
Progmat上の全ST案件4,520億円超2026年7月のAvalanche移行時点、Progmat公表

4,520億円は、三菱UFJ信託銀行が筆頭株主のデジタル資産基盤事業者Progmatが、2026年7月に基盤をCordaからAvalanche L1へ移行した際に公表した、同社プラットフォーム上の全ST案件の金額である。4 公募STだけを数えた3,333億円とは集計対象が異なる。国内STに公的な統一統計はなく、上表はBOOSTRYとProgmatがそれぞれ自社調べとして公表した数値である。

証券は動いても、代金は銀行振込

STはブロックチェーン上で即座に受け渡せる。一方で代金は銀行振込で支払われてきた。証券の移転と資金の移動が別々に走るため、片方だけが先に完了する決済リスクと、両者を突き合わせる事務が残る。6

これを解消する決済方式がDvPである。証券の引渡しと代金の支払いに相互の条件を付け、片方が行われない限りもう片方も行われないようにする。

2025年3月、野村総合研究所が発行した30億円のデジタル社債で、この方式が実装された。BOOSTRYが開発を主導するブロックチェーン「ibet for Fin」のスマートコントラクトと三井住友銀行の銀行サービスを組み合わせ、売買情報と銀行送金情報を突き合わせることで、日常的に使う銀行口座のままDvP決済を成立させている。デジタル債としては国内初だった。5

このとき決済期間も縮んだ。証券保管振替機構を使う一般の公募債は、業務処理要領に従い、約定日から起算して4営業日目以降に決済日を置く。保振を使わないデジタル債はこの慣行に縛られず、国内公募債として過去最短の「約定日+1営業日」決済が実現した。5

資金側が遅れた理由

代金は銀行振込でも払える。照合の手間と決済リスクが残っても、市場が小さいうちは既存の銀行インフラで足りた。

一方、お金をトークン化するには、証券以上に多くのことを決めなければならない。額面どおり預金へ戻せること、発行と償却の責任、本人確認や資金洗浄対策、会計処理、障害時の対応。取引銀行が異なれば、トークンの移転の裏側で銀行間の資金決済も必要になる。

制度の整備にも時間差があった。STは2020年の改正で金商法上の位置づけが定まったが、ステーブルコイン(電子決済手段)の発行・仲介に関する制度が始まったのは2023年6月である。112 トークン化預金は新しい制度を待たず、銀行預金として既存の銀行規制の枠内で設計されている。10

その制度の足並みが、この2年で揃ってきた。2025年8月、JPYC株式会社が日本円と1対1で連動するステーブルコインを発行できる国内初の資金移動業者となった。3 2026年3月には日本銀行の植田総裁が中央銀行マネーのトークン化を検討する方針を示し、7月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2026」には、トークン化預金やステーブルコインによる資金決済を商流データと連動させる「オンチェーン金融」の推進が、証券決済を想定した用途とともに明記された。1113

市場の側も変わった。公募STの累計は3,000億円を超え、二次流通市場STARTには約336億円・8トークンが並ぶ。3 複数の証券会社・銀行・ST基盤をつなぐ決済システムに投資する理由が、ようやく立つようになった。

2026年、資金もトークンになった

2026年3月、SBI証券、大和証券、SBI新生銀行、BOOSTRY、ディーカレットDCPが、トークン化預金DCJPYを使ったSTのDvP決済を実施した。対象はディーカレットDCPが発行したST社債で、大和証券からSBI証券への売却(二次取引)と、SBI証券から大和証券への売却(三次取引)の2件。結果は4月24日に公表された。6

流れはこうなる。売り手の証券会社がSTを仮移転してロックする。買い手の証券会社が預金をDCJPYとして発行させ、売り手への移転を指図する。ディーカレットDCPが決済情報を照合し、DCJPYの移転と同時にSTの本移転へ署名する。売り手が受け取ったDCJPYは償却され、再び銀行預金に戻る。6

DCJPYはステーブルコインではない。ディーカレットDCPの基盤上で、SBI新生銀行の預金とトークンを紐づけたトークン化預金であり、価値の安定性も会計処理も預金の性質を引き継ぐ。7

STARTを運営する大阪デジタルエクスチェンジ(ODX)は、将来のPTS(私設取引システム)取引の決済での利用を見据え、オブザーバーとして参加している。6

この実証の「国内初」は、STとデジタル通貨をともに実発行したうえでDvPの流れを確認した、という意味である。6 DCJPYが日本で初めてのオンチェーン通貨という意味ではない。

預金型とステーブルコイン型

国内では、トークン化預金とステーブルコインの両方をST決済につなぐ検証が並行して進んでいる。

決済手段主な検証位置づけ
通常の銀行預金2025年3月のデジタル社債銀行入金とST移転を連動
トークン化預金2026年3月のDCJPY実証預金そのものをトークン化
米ドルステーブルコイン2026年7月公表のUSDC実証海外取引時にSTをパブリックチェーンへ連携
円建てステーブルコインProject TrinityST二次流通での利用を検証中

2026年7月、SBI証券、大和証券、BOOSTRYらは、ibet for Fin上で管理するSTを海外証券会社との取引時だけEthereumへミラー連携し、USDCでDvP決済する構成の検証結果を公表した。国内投資家向けの権利は従来どおり国内基盤で管理したまま、クロスボーダーの業者間取引にだけパブリックチェーンを使う設計である。8

円建てでは、三井住友銀行が発行を目指すステーブルコインでST二次流通のDvP決済を狙う「Project Trinity」が2025年8月に始まっている。ODX、大和証券、SBI証券、Progmat、BOOSTRY、Datachainなど8社が参加する。9

日本銀行は、トークン化預金が検討される理由として、中央銀行と民間銀行によるマネーの二層構造と親和的であること、既存の規制や制度と親和的である可能性を挙げている。10 日本が預金型だけを選んだわけではなく、銀行預金の延長にあるトークン化預金と、オンチェーンでの移転性に強みを持つステーブルコインが並走している。

トークン化預金には固有の課題もある。発行する銀行と受け取る側の銀行が異なれば、銀行間の資金決済が必要になる。2026年8月、DCJPYを手がけるDCP(旧ディーカレットDCP)、GMOあおぞらネット銀行、アビームコンサルティングの3社を申請者として、地方銀行を中心に43社が参加する検証が本格的に始まった。トークン化預金の銀行間決済を24時間365日の即時グロス決済にできるかを見るもので、幹事行を置く方式と、銀行間決済をステーブルコインで行う方式の二つが検証対象になっている。11

何のためにオンチェーン化するのか

実証の公表資料が挙げる狙いは三つある。証券と資金を同時に動かすことによる決済リスクの削減、照合や指図にかかる事務負担の軽減、そして決済にプログラマビリティを持たせることである。6

資金がトークンになれば、証券と代金の移転条件をプログラムとして書ける。その先に置かれているのが決済期間の短縮だ。振替債の4営業日、デジタル債の1営業日と縮んできた線の延長にあるのは、約定と決済が同時に終わるT+0である。

ただし、2026年の実証でT+0やコスト削減まで確認されたわけではない。基盤間のデータ連携、照合・指図処理の自動化、証券会社・銀行の既存システムや市場インフラとの接続、会計・資金管理・権限管理の整備が、商用化に向けた課題として挙げられている。参加各社はまず限られた参加者によるスモールスタートを目指すとしている。6

現在地

国内ST市場は、発行できるかを試す段階から、数千億円規模になった資産をどう流通させ、どう支払うかを試す段階へ移った。

この先に見るべき数字は、発行額に加えて、二次流通の取引量、DvPの商用利用件数、そして決済に要する時間と費用になる。