2026年10月15日、Filecoinの新規トークン発行量が約75%減る。2017年のICO投資家分のベスティングが終了するためで、これは日付も金額も確定している。

一方で、このネットワークが年間に生んでいるプロトコル収益は約48万ドルしかない4。時価総額は7億ドル台なので、倍率にして約1,500倍になる。

この二つを並べたときに何が言えるのかを、数字で整理しておきたい。結論を先に書くと、10月15日に起きることは機械的で確実だが、それが価格に効くかどうかは別の条件にかかっていて、その条件はまだ満たされていない。

確実に起きること:発行量が4分の1になる

2017年ICO投資家分の6年ベスティングが10月15日に終了する。公式アカウントがアナウンスしており1、公式ブログにも「今年後半、ネットワーク最後のベスティング期間が終了し、トークンエコノミクスの新しい時代が始まる」と書かれている2

数字はこうなる。Filecoinの2026年9月4日付ネットワークアップデートによれば、現在の新規発行は年間約8,840万FIL(ベスティング分6,670万+ブロック報酬2,170万)。ベスティングが終われば残るのはブロック報酬だけで、年間約2,170万FILになる3

流通供給は9億1,332万FILなので、割り戻すとインフレ率は年約9.7%から約2.4%に下がる計算だ4。よく「年21%」という数字が引用されるが、これは流通供給がもっと小さかった時期の水準で、現在には当てはまらない。

ここは解釈の余地がない。スケジュールされた事実である。

なお混同しやすい「ベスティング」が3種類あるので分けておく。今回終わるのは2017年ICO投資家のロック解除。これとは別に、マイナーが毎ブロック受け取る報酬の75%が180日かけてベストする制度があり、こちらは今後も続く。さらにベースラインミンティングの原資であるマイニングリザーブは、特定の枯渇日を持たず指数的に縮んでいく別の仕組みだ。この3つを混ぜて書いている記事は多い。

変わらないこと:事業としてはまだ始まっていない

供給の話が明快なぶん、需要側の数字は厳しい。

プロトコル収益は日次1,307ドル、年換算で約48万ドル。日次のバーン量は1,620 FILである4。時価総額7億4,000万ドル(9億1,332万FIL×0.81ドル)に対して、収益倍率は約1,500倍になる。

ただしこの倍率を、株式のPSRと同じ感覚で読むことはできない。株式の倍率に意味があるのは、売上が利益になり、利益が配当や自社株買いを通じて株主に帰属するという法的な経路があるからだ。FILにその経路はない。しかもここでいう「収益」は誰かの手元に入る金ではなく、手数料として徴収されたFILがバーンされた額である。性質としては配当より自社株買いに近い。

だとすれば、倍率よりも利回りで見る方が正確だろう。年間のバーンは591,618 FILで約48万ドル、時価総額に対する利回りは年0.065%になる。10月15日以降の新規発行2,170万FILに対して、バーンが打ち消すのはその2.7%にすぎない。差引の希薄化は年2.31%残る計算だ。

もう一点、クライアントがストレージプロバイダーに払う保管料は、SPの収入であってプロトコルの収入ではない。構造としてはテイクレートがほぼゼロのマーケットプレイスに近く、保管料が伸びてもそれが直接FIL保有者の価値になるわけではない。効くのは、支払いにFILが要ることと、担保としてFILがロックされることという間接的な経路だけである。

決済レールの数字はさらに小さい。Filecoin Payの年換算ランレートは2026年8月末時点で59,327ドル、有料利用者は119人、アクティブな支払いレールは865本5。1月の663ドルから90倍に伸びてはいるが、出発点が実質ゼロだった。ICOから9年、2026年1月のOnchain Cloudローンチから8か月経った時点の数字がこれである。

保管量で割っても事情は変わらない。実データ1,110 PiB(2025年第3四半期時点)に対して時価総額7億4,000万ドルなら、1TBあたり約650ドルの値札がついている計算になる。AWS S3の標準保管料が1TBあたり年間約283ドル、アーカイブ向けのGlacier Deep Archiveなら年間約44ドルなので6、市場はFilecoinに対して、同じ量のデータをS3標準価格で2.3年、アーカイブ価格なら15年ぶん預かって初めて回収できる額を払っていることになる。

ここから導かれるのは、いま網に乗っているデータの大半は顧客が払った金ではなく、Fil+の10倍ブロック報酬という補助金が引き寄せたものだ、ということだ7。ネットワークは「使われている」が、まだ「売れていない」。FIP-0118で報酬設計を実需連動に作り替え、目標未達なら報酬をバーンする案が議論されているのも、プロトコル側が同じ認識を持っているからだろう。

ネットワーク規模の指標は、読み方に注意が要る

Filecoinの規模を語る数字には罠がある。

一つは、Raw Power(物理的な容量)とQuality Adjusted Power(Fil+の10倍係数を掛けた後の値)の違いだ。直近のRaw Powerは1,383 PiB、QAPは12,433 PiB4。10倍近く違うので、後者を「ネットワーク容量」として引用すると規模を大幅に過大評価する。ニュース記事で見かける「20EiB」といった数字は、たいていQAP系の指標である。

もう一つは利用率だ。実データの利用率は2025年第2四半期の32%から第3四半期に36%へ改善した、と報じられている。ただし同じ期間に総容量は3.3 EiBから3.0 EiBへ縮んでいる。実データの保管量は1,110 PiBで前四半期比1%減なので5、利用率の改善は分子が増えたからではなく、分母が縮んだ結果として説明できる部分がある。Raw Powerはその後も減り続けており、直近30日でも3.64%減、1年前の水準からは半分以下になっている。

ここは素直に言えば、プロバイダーの撤退が進んでいる。「空の倉庫が減って中身の比率が上がった」と好意的に読むこともできるが、倉庫そのものが畳まれているという事実は動かない。

ただし、直近には反対向きの数字もある。日次のデータ投入量は0.41 PiB/日で、30日間で151%増えた。終了データはほぼゼロまで落ちている4。まだ1か月分の動きだが、ここが継続するなら評価は変わる。

価格:材料はすでに知られている

10月15日のスケジュールは2017年のSAFT契約に由来するもので、6年前から公開されている情報だ。市場がこれを知らなかったということはない。

そして実際の値動きを見ると、FILは2026年8月に過去最安値の0.614ドルを記録している。その後40%戻したあと、9月15日に12%下げて0.89ドル。現在は0.81ドル前後だ8。供給が4分の1になるイベントの2か月前に史上最安値を更新しているという事実は、市場がこの材料を転換点として評価していないことを示している。

参考までに水準を確認しておくと、バブル崩壊後の平時にあたる2022〜2023年のFILは2.77〜9.48ドルのレンジで推移していた。現在はそこからさらに7〜9割下にいる。

需給の向きは変わるが、効くのは需要が戻ってからになる

10月15日以降、Filecoinの構造には一つ符号の変化が起きる。

これまでは、ストレージが増えればブロック報酬も増えて希薄化が進む面があった。成長が保有者の持ち分を薄める構造だ。ベスティングが終わり発行がほぼ固定されると、この関係が反転する。担保としてロックされるFILとFIP-100によるバーンは、どちらも利用量に連動して増えるからだ。

ただし現状、この効果はほとんど働いていない。ネットワーク設計上はロック比率30%が目安とされているが9、実際にロックされているFILは6,395万で、流通供給の7%程度にとどまる4。バーンも年48万ドル相当だ。

つまり「需要が増えれば価格を支える回路」は存在するが、現在は回路に流れる電流がほとんどない。10月15日に起きるのは電流を増やすことではなく、漏電を止めることである。

競合と、構造的な逆風

Filecoinの競合としてよく並べられるのがArweaveだが、単価を確認すると、この二つは競合というより別の商品である。

Arweaveは一度払えば永久保存という一括払いモデルを取る。公式のフィー計算機によれば、現在の保管料は1GBあたり13.47 AR(約58ドル)、1TBに換算すると13,790 AR(約59,400ドル)だ10。一方Filecoinのディールは市場価格で決まり、しかもFil+の検証済みデータについては、クライアントの支払いではなくブロック報酬による補助で成立している部分が大きい。

つまりArweaveは、極めて高い単価で「永久」を売る商品であって、バルクストレージでFilecoinの価格を崩しているわけではない。NFTのメタデータのような小容量で永続性が要る用途では選ばれるが、そこはFilecoinの主戦場とは重ならない。

Filecoinが本当に比較されるのはAWSやGCSの方だ。そしてこちらは、保管単価を下げ続ける相手である。S3標準で年283ドル/TB、Deep Archiveなら年44ドル/TB。分散型ストレージはこの下に潜り込み続けるか、分散性やデータ主権といった別の価値で勝負するしかない。10月15日のイベントは、この構造には何も影響しない。

判定に使える指標

以上を踏まえると、今後Filecoinを追うときに見るべき数字は絞れる。価格ではなく、次の四つだ。

Filecoin Payの年換算ランレート(現在59,327ドル)。これが7桁に乗るかどうかが、補助金依存から顧客収益への転換が起きているかの最も直接的な指標になる。

日次データ投入量(現在0.41 PiB/日、30日で+151%)。直近で唯一明確に良い数字なので、これが数か月続くかどうか。

Raw Powerの推移(現在1,383 PiB、30日で-3.64%)。減少が止まればプロバイダーの撤退が一巡したと判断できる。

ロックFILの比率(現在7%、設計目安30%)。需要が本当に戻れば、担保として積まれるFILが増えるので、ここに表れる。

現時点の評価

10月15日に起きることは機械的で確実だ。年9.7%の希薄化は2.4%になり、ネットワークの成長が保有者の持ち分を薄める構造も解消する。これは長期の話としては重要な変化である。

一方で、それが価格に効くには需要が要る。そして測れる範囲での需要は、年48万ドルのプロトコル収益と119人の有料顧客という水準にとどまる。供給が減るだけでは価格は上がらない。売り手が減るのと買い手が増えるのは別のことだ。

現状を一言でまとめるなら、Filecoinは「長年の下押し要因が一つ外れる、まだ事業として立ち上がっていないネットワーク」である。外れること自体は確実で、立ち上がるかどうかは未確定。上に挙げた四つの指標が動き始めたときに、初めてこの評価を書き換えることになる。